1.はじめに
数学の授業を少しでも身近なものに感じさせたいとコンピュータを使った授業を始めて20年になります。
PC9801 BASICプログラムの自作,VBによるWindowsCAI及び数学ツールMathematicaなどの,非日常としてのコンピュータによる学習は有効なものでした。
「個人ホームページ「次代のこどもたちへ」 http://www2h.biglobe.ne.jp/~zidai/ へプログラムを掲載しております。教育用フリーウェアとしてありますので、試動していただければ幸いです。
昨年度、3年での数Vの授業の中でわたしは、生徒たちに「関数式からグラフのおおよその形を想像できないか,そんな力を諸君には身につけてほしい。」と言い続けてきました。
そんなとき「グラフが動くと数学は楽しい」と題する「関数グラフソフトGRAPESパーフェクトガイド」というCD-ROM付きの本(友田勝久著 文英堂1800円)に出会いました。
大阪教育大学附属高等学校池田校舎の友田勝久氏によるフリーウェアの数学プログラムです。
関数式を与えると自動的にグラフを描いてくれます。MS-DOS時代のGRAPESを動かしたこともありましたから、現場で作ったきめ細かいソフトであることを知っていました。
友田氏のホームページ(http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~tomodak/) では様々な授業例が掲載されています。
本校では「<学びたい>を育てる新カリキュラム」として、3年前から多様な選択を配置した授業改革を始めていました。(県尼ホームページ http://www.hyogo-c.ed.jp/~kenama-hs/sinkatei/)
1年次に1時間の情報基礎を全員に修得させ、2年次からは「情報科学類型」での13単位に及ぶ情報関連授業など特色あるカリキュラムを配置しています。
MathematicaをインストールしたWindows98コンピュータ室もあるのですが、情報関連の授業でいっぱいに詰まっていて数学の授業に使える余地がありませんでした。
しかしこのGRAPESなら、比較的空いているWindows95配備の第2コンピュータ室でも使えます。
これまで微分法を使って増減表を作りグラフの概略を描いてきましたが,このソフトで関数式を打ち込むだけでグラフが目の前に表示されることを対比させればきっと理解が深まります。
生徒たちに、数Vで学んできた様々な関数グラフを見せることができる、うれしいことです。急ぎ準備を始め、2学期の終わりに1時間の授業を組むこととなりました。
2001年12月18日、3学年自然科学類型選択生徒30名への数Vの授業です。
2.授業案と授業過程
(1)「関数グラフソフトGRAPESで関数を見る!」と題した授業プリントの配布
グラフソフト「GRAPES」を起動させます。
囲んだ範囲の拡大や縮小や移動ができることを説明し、そのアイコンをきちんと確認しておきます。
まず「GRAPESのおおよその機能と操作方法」を学ぶために,「関数の極限」の例としてよく使われる「y=sinxとy=tanxがx≒0ではy=xと一致する」ことを調べます。
y1=sinx,y2=tanx,y3=xの3つの関数式を入力して3色のグラフを描きます。
そして原点付近の小さな領域を拡大すると,3本のグラフが近似していることが目の前に表示されます。
数学的に言うと「3つの関数はx=0における極限では等しいとして良い」という問題解法のテクニックが確かめられます。
最初は、範囲を拡大表示するのに大わらわですが、すぐになれていきます。互いに教えあいをしてくれます。原点付近で3本が同じ直線に見えることが視覚的に確かめられました。
(2)グラフの概略を予想しよう
次の課題は「関数のグラフの概略をつかめるようになろう。増減表を書かなくてもグラフが予想できないだろうか?」というテーマです。
教科書に出てきた「3次関数、4次関数のグラフの概略」の問題です。
まず「4次関数 y=x^4−4x^2のグラフの概略は?」です。鉛筆書きで右の囲みに、「x^2(x+2)(x−2)=0より重解x=0とx=2,−2」とヒントを書いておきます。
この「紙と鉛筆」の計算より、グラフの概略を予想できませんか?と問いかけます。
「紙と鉛筆」のプリント部分はいっさい読まずに、ひたすら関数式を入力して、グラフ表示だけする生徒が出てきます。ブレーキはかけますが、グラフ表示に魅せられているのであれば、それはそれでいいことだと思いますので、そのままにしておきます。
気の早い生徒はもう入力しています。
入力は上のような「関数電卓」が用意されており、次々と英数字を押していけば関数式が作られます。
すると瞬時に4次式のグラフが描かれます。
紙と鉛筆の計算から、「x^2(x+2)(x−2)=0より重解x=0とx=2,−2」とした計算の意味をここで伝えます。
次ぎに「3次関数 y=(x+2)^2(x−3)のグラフの概略は?」を出題します。
すでに試験問題などで出会っている者は容易にその概略を理解していきます。
さあ次は、「y=x+sinx」のグラフの予想です。
このグラフはy=xの上にsinxの波を重ねたものであることが、最初分からなくても、縮小した図を見ればわかってくれるのではと期待します。
回りながら、下の図の右のグラフのように表示された生徒に、「45°の直線y=xの上に振動するsinxがのっかってるんやで」と話すと、そうかと納得してくれます。
「関数式からグラフの概略を予想する力をつけたい」という授業者の意図が伝わったでしょうか。
(3)計算で接線の方程式を求め,画面で確かめよう
期末考査に出した「y=x^3+x^2−1上の点 (−1,−1) における接線の方程式を求めよ」の問題
の答えが「y=x」であったことを伝えて,それを画面で確かめさせます。
更に、いくつか接線の問題を表示します。
接点付近を拡大していくと「接している」ことが視覚的に確認できます。
プリントには、手書きでその「解答」を書いておきます。
(4)発展として,三角関数のグラフ
数Vに出てきた関数のグラフ課題をやりあげてしまった生徒たちへ、発展として、単振動の合成などを「GRAPES」で見せてあげたいと思います。
まずy=3sinx+4cosx がきれいな正弦波であることを見せ,振幅が3+4=7ではなく5であることを注視させます。更に受験にいつも出てくる y=sinx+cosxが y=√2sin(x+π/4)であることを見せます。
次ぎにy=Asin(Bx)のパラメータA,Bをいろいろ変えて、Aが波の振幅、Bが波の振動数にあたることを視覚的につかませます。
「三角関数のグラフ」の学習分野は、生徒たちが苦手とする部分です。こうして関数式のパラメータをどんどん変えていくことで、「式が図形を創る」という感覚を得てくれるのではと期待しての作業です。
教室へ戻って黒板授業をしたとき、y=sin5xとすればなぜ振動が5倍激しくなるのかを「たとえばxが10°変化しただけで、5倍の50°変化したことになり激しい振動をすることになる」と説明したとき、生徒たちはこれまでよりずっと分かってくれるのではないかと期待します。
y=5sinx y=sin5x
最後にy=5sinx+sin4xなどでうねりのある波形を作らせ,「シンセサイザーで音を作ろう」の課題で締めくくりです。
「これが音を出すシンセサイザーなんかに使われている理論なんですよ」と話しますと、「フーン」と感心して聞いてくれる生徒が出てきます。
ここまでくれば苦労して準備した甲斐があったというものです。
黒板にバイオリンのような波形を描き,これと似た波形をつくりなさい,と問題を出します。
25名中6名が取りかかることができ,幾人かsin10xなどで細かな変化に挑戦していました。
3.生徒は学びたがっています
次の日、授業のアンケートを取りました。回答数25名。
「【1】どこまで進みましたか」に対しては、
(3)の接線のグラフで止まった者1名、
(4)の三角関数のグラフの途中までの者2名、
プリントのグラフは全部描けた者が16名
でした。
最後の「バイオリンのような波形を描き,これと似た波形をつくりなさい」に挑戦できたものは6名でした。
「【2】操作方法について」の質問に対し、
「とてもむずかしく使いにくかった」2名、
「最初はとまどったが、すぐ慣れた」10名、
「ところどころわからなかった」5名、
「けっこうすいすいいけた」と8名
でした。
【3】今日の1時間の授業で、「関数のグラフについて、これはわかった」と思ったことを書いてください、という質問に対して半数の13名が答えてくれました。
3名の生徒が「よく分からんかった」「説明が少なくて分かりにくかった」「全部分かるようなわからないような・・・」とありました。裏返して言えば、それぞれのグラフ表示の意味合いをもっとちゃんとわかりたかったと要求してるのだと思います。
「接点の問題は目で見てすぐわかるからわかりやすかった」
「計算で出た答えがああもぴったりグラフと合うのは、一番最初に数学の問題に取り組んで一定の法則を見つけたことがすごい」
「三角関数のグラフなど自分で描くと途中でへんになってしまうけど、コンピュータだと最後まできれいに見れるのでためになった」
「式で書かれるよりグラフで見たほうがやっぱりわかりやすかった。関数の勉強をする前にコンピュータの授業をやってもらえていたら、関数が好きになれたかもしれない」
「合成関数などが波を打つことが分かった」
「1時間が早かった」
普段の授業の中で手軽に、ポイント的に関数ソフトで表示できたら、どんなにか楽しい授業ができるだろうと思います。
この4,5年、「ここにコンピュータの大画面が出てきて、コンピュータが イマカラy=x^3+x^2−1ノグラフヲカキマス と言って描いたとすると・・・」と言いながら授業するようになっているのですが、何回かでもこのような視覚的コンピュータ表示をさせれば、静的な黒板であっても生徒たちはそこに動的な、整ったグラフ表示のイメージを重ねてくれると信じます。
最後の質問として、「【4】コンピュータの授業はとうとう1年間で1回しかできませんでした」に対して
「こんな授業は時々あったほうがよい 15名」
「1年に1回ぐらいでよい 2名」
「ないほうがよい 0名」
「どちらともいえない 7名」
「無回答 1名」
という結果でした。
これまでの試行の上で、「数Vにおける難易度の高い関数分野」に対して、視覚的なグラフ表示は、「紙と鉛筆」とのきちんとした後付けができれば、理解度・興味度アップへ大きな効果を発揮できると結論づけることができます。
来年度から全国で「情報2単位」が必修となり、コンピュータ操作についても基礎を全員学んできます。
これまでですと、コンピュータの授業をしようとすれば、スイッチの入断、マウス操作、アイコンクリックなどの意味合いから始めなければなりませんでした。
実際、この自然科学類型の生徒たちは、全員1年次に、週1時間の「情報基礎」で、ワープロ、表計算、インターネット、グラフィックスを学んで来ました。2年後のこの授業でもマウスの操作などまったく説明する必要がありませんでした。
全国的にも、ポイント的に授業へ利用できる素地ができていくと思われます。
4.今年7月、もう一度授業をしました
今年度、わたしは3年生の「数C」を担当しています。
2学期、問題集演習と並行して「第2章 いろいろな曲線」を教えます。
「式が図形を創る」と題したコンピュータデモンストレーションを時折やるつもりですが、この7月、考査後の特別授業で、昨年と同様の授業をやりました。
昨年同様、こうや、ああやと生徒どうしで教え合いながら、にぎやかな授業になりましたが、終わった後、口々に「楽しかった」と言ってくれました。
この授業では、極限値を付け加えました。
sinx/x の x→0 の極限値、(2x+1)/(x+3) の x→∞ の極限値をグラフで調べ、計算と合致していることを確かめました。
xの2乗と exp の増え方の桁が違うことを示す x^2/expx の x→∞ の極限値についても右の図のように、1/100に縮めることで、極限値が0となることが確かめられます。
その中でこんな場面に出会えました。
上述の2の(2) の「y=x+sinx」のグラフを予想する問題の時、一人の生徒の画面がずいぶん違った表示になっているのです。良く見てみますとその生徒は、関数式を「y=x+sinx」とせずに「y=x・sinx」としているのです。
絶好のチャンスです。
「みんなちょっと注目。○○くんがy=x+sinxじゃなくy=x・sinxとしてグラフを描いています。関数式を入れる前に考えてください。どんなグラフになると予想できますか。」
こんなとき生徒たちは二つに分かれます。議論しながら考えようとする生徒、待っておれずにすぐ関数式を入力して結果を見ようとする生徒です。後者の生徒たちから、「こんなやー」という声があがり始めます。
「なんかよくわからんなあ。じゃあ、どんどん縮めていって表示させてー」と指示します。次の様なグラフが浮かび上がってきます。
「なんでx・sinxだとこうなるんやろ」と問いかけます。
「振動や。」という答え。
「そうなんです。y=xに対してプラスとマイナスに振動がおおいかぶさっているのです。」と意味合いがつけられました。
すぐにグラフ表示できることが、このような思わぬ授業展開を生みました。
黒板授業に戻ったとき、このことを思い出させて、「さあ、この関数式でどんな図形ができるでしょう」と問いかけた時、生徒たちはコンピュータの代わりに、頭で推理を始めてくれるでしょう。
2学期の授業が楽しみです。
2002.7.31
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