日本数学教育学会全国算数・数学教育研究(滋賀)第75回大会(1993.8.4)

伝えたいことを持ってCAIに取り組む

−−10年の実践のまとめと提言−−

広 瀬  徹

<概略> 10年間のCAI実践について、有効であった例を報告し、伝えたいことを持つことがやは り「要」であることを述べる。全国で膨大な時間をかけて作られたCAI群の警鐘と、VBによる WindowsCAI を提言したい。

1.やむにやまれず始めたコンピュータ利用

 生徒たちは数学を分かりたがっている。そう思います。それに答えるためにわたしは数学史を学びました。
 そして高校数学全分野にわたって社会、科学技術上必然性があって、その教材が手元にあると確信できるようになりました。
 数学などどうせ分からないものだ、と興味を失っている生徒たちに、どうにかして伝えられるものを探したいと、教材の自主編成に取り組んで来ました。生徒たちを引きつけられるならならなんでもやろう,というのがそのときの同僚とわたしの気持ちでした。

 そのころ出会ったのが、コンピュータでした。
 真冬、深夜のコンピュータ設置室で、何度も試行錯誤しながら作ったのが、回転ゴンドラになぞらえた、三角関数を円関数として定義することから始める「回れ、ゴンドラ」でした。y座標とロビンフッド、x座標とレスキュー出動を結び付けたゲーム風シミュレーションプログラムです。

 以来10年になりますが、数学の授業にコンピュータの利用は有効な手段だと確信できます。


2.有効なコンピュータ利用の授業例

 
(1)シミュレーション型CAI

 上記の「回れゴンドラ」は、黒板授業に戻ったとき、そのイメージを共有できることで特に有効でした。
 2次関数を花火の打ち上げになぞらえて作った「y=ax2+bx+c で花火を打ち上げよう」は、正しく頂点の座標を求めないと花火が最高点で爆発できない、そのために生徒たちは熱心に式変形をおこなうことができました。

 4万回の硬貨裏表実験シミュレーションも手分けした生徒達の実際の実験結果と合わせると、少数試行のビギナーズラック、大数の法則を実感させるよい教材になれます。


(2)画像多用のチュートリアルCAI

 わたしはよく図版を持って教室に入ります。
 おおい、うしろ見えるか?と提示するのですが、もしコンピュータ画面に手軽にそれが取り入れられるなら、コンピュータはまたとない教材提示の道具となります。

 こうして画像取り入れのプログラム作成を始めました。
 オーム貝とスパイラル曲線を対比させた「方程式が図形を創る zukei.bas」はそのさなかにできたものです。


(3)非日常の授業展開

 そうしたプログラムを生徒たちにやらせてみる時間を、通常の時間の中から作り出していきました。
 受験勉強にどっぷりとつかっている生徒たちを意図的に「非日常の世界」に連れ出すのです。
 コンピュータ室であれば、受験コースから離れて自主編成された授業の筋道に生徒たちも素直に乗れるわけです。

 ちょうどそのころ、微分法の基本概念が「微小増加分/微小増加分」であることをなんとしてもつかませたいと思っていた時期でした。
 収集していました、ガリレオの実験の資料、その生涯のこと、もしガリレオにカメラを持たせたら、といった教科書の展開手順とは違った授業展開を披露したくてたまりませんでした。
 コンピュータなら、1時間で(結局2時間分の教材となりましたが)これらの歴史追体験をさせることができそうです。しかも斜面落下の実験など、コンピュータシミュレーションならその利点をもっともよく生かせます。

 ピサの斜塔の画像から始まる「微分法入門 1.ガリレオと落下運動 2.瞬間速度を紙と鉛筆で求める」がそうしてできあがりました。


(4)ドリルCAIの有効性

 単項式・1次式の乗法、2次式の因数分解など初歩学力の不足がないことで苦しいめをしている生徒がいます。
 なんとか見てやりたいと思うのですが、会議会議で時間が取れない、そんなジレンマの乗り越えの一助として、ドリルCAIは有効です。
 欠点候補者の3分の2をクリアさせた実績を持ちます。

 本校に設置されている48台のIBM−JX5を使ったIBM−BASIC ドリル定型プログラムを作成しました。
 問題・答・グラフの式をテキストと与えれば、メニューの中から自分で練習課題が選べる、履歴が残り、次の時間からは未履修のものから始められる、一度終わると誤答した問題だけがシャッフルされて合うまででてくる、などの特徴を持つプログラムです。


(5)100インチプロジェクタの利用

 昨年、視聴覚室の100インチビデオプロジェクタにコンピュータのディスプレィ画面が投影できるようになりました。
 大画面CRTを黒板としたいという長年の夢が実現しました。

 黒板を一斉授業をしながらスクリーンをおろし、ここというとき画面いっぱいに画像、実験シミュレーションを映し出す、そのことで数学のxやyを遠い言葉として聞いている生徒たちに、「数学が、学問が実は人間の歴史の中から生まれたのだ。文化遺産として君達に伝えられているんだ」ということを、少しでも実感させられるかもしれません。


(6)伝えたいものを持つこと

 コンピュータ利用教育、CAIはやはり授業そのものであるように思います。
わたしたちがどれだけ、生徒たちに伝えたいものを持つ事ができるか、それが「要」なのだと思います。


3.提言ふたつ

(1)次の世代への引き継ぎをきちんと

PC−VAN,NIFTYなどのパソコン通信全国ネットワークでは、膨大な自作CAIがフリーウェア(使用許可つき)として掲載されており、小学校から大学、一般教育まで全教科にわたって提供されています。
 兵庫県内でも、県立教育研修所の主催する「教育ネットHyogo」が開設されており、研修所に委託されたプログラムが、学校IDに限って即時ダウンロードできるようになっています。
 例えば「二次関数」で検索すると、13個のプログラムが掲載されています。
 未掲載のプログラムがその10倍あるとすれば,全国47都道府県では,実に6000個の類似内容のプログラムがあると推算されます。

しかし、全国各地の教師が膨大な時間をかけて作りあげたこれらの教材群は、打ち捨てられようとしているのが実状です。
 今からは「マルティメディア」CAI、「データベース型」CAIの時代だとして、大学研究者が主導して作り上げた従来型「コースウェア」CAIは古くさいもののように喧伝されています。

 しかし、学校現場のコンピュータ環境は、世間のユーザーのだいたい5年遅れと考えてよく、実際、学校現場ではようやくCPU386、32ビット20台のコンピュータ環境が整いつつあり、ソフトウェアも、MS−DOSシステム、アプリケーションソフトを1台各1本購入できるのがやっとの実状です。
 私の勤務校も次期の整備計画を立て始めていますが、CD−ROM搭載、音声、ビデオボード付きなどは、予算的にとうてい実現できるものではない。現在の安売り攻勢のなか、windows環境を整えるのがせいぜいのところです。

 ようやくコンピュータ設置が全国的な状態となった学校現場で最もよく使われるのは、従来型「コースウェア」CAI(フリーウェア)です。
 だとすればこれまで牽引してきた大学関係者、中堅教師の責任として、全国各地で膨大な時間をかけて作り上げてきたCAI群を整理し、手際よく次の世代へ引き継ぐための作業が必要だと思います。
 とりあえず従来型のCAIを作ろうとする後輩教師に対して、私たちが到達したノウハウを伝え、そこから次のCAI教育に向かってもらうためのまとめの作業が急がれます。


(2)Visual Basicへすすむ

 一昨年,マイクロソフト社より英語版「Visual Basic for Windows」が発売されました。
 日本語Windows上なら,日本語も表示できることがわかり,さっそく購入しました。

 Windowsが走るコンピュータ環境ならグラフィックも含めて機種依存性がないこと、BASIC言語でつくったプログラムから移植がしやすそうであること、GUI環境が実現でき先進性のあるマッキントシュのハイパーカード風CAIが作れそうであること、に着目したからです。

 何点か小品を移植・作成してみて,その斬新さに魅了されました。メニュー,画像取り入れ,場面進行,窓の重ね合わせによる多面性が,実に簡単に実現できるではありませんか。
 特にマウスのクリックによって,生徒自らが進行方向を選択できる、このことが大きな特徴であり,すぐれた利点であると思われます。
 従来のCAIは,精密なフローチャートの上で,一定の進行方向を規制するものであったし、余りの自由度を持たすプログラムは、相当のプログラム構成の時間を要し、わたしなどもなかなか作成するにはいたりませんでした。

 その点,この Visual Basic は,イベントごとの独立プログラムであり、マウスでクリック選択しない限り,先へ進まない、常に学習の主体性が要求されるという,次代のこどもたちに要求される学習態度を養うものとして,かなりの効果をもたらすことが予見できます。

 学校現場が,世間の5年遅れだとすれば,逆に5年後にはまちがいなく Windows環境 が実現されているだろうし、5年後には生徒たちが Windows上のプログラム をさわることができるのです。
 生徒たちの喜ぶ顔を頭におけば、少々の苦労もしてみようという気になります。

 先駆的に取り組むものには,それなりの苦労がつきまとうでしょうが、どの機種も同じ文法・同じ作法で作成できること、画面構成が見ながら変更・確定でき作っていて楽しい、フォームのソースを公開するならば授業者なりの改変が容易である、などの利点があります。
 全国のCAI自作者のみなさん、ぜひ取り組みを始めませんか。今春、日本語版も出来、入りやすくなりました。
 機種依存のほとんどないWindowsプログラムは教育現場にもっとも求められていることと一致します。
 全国の苦闘する仲間のプログラムがどこででも利用できるのです。パソコン通信などによる相互研鑚ができればかなり手軽にCAIプログラムが作れます。  5年後をにらんでの動きを始めませんか。

1993.8

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